Warning: Use of undefined constant custom_posts_search_orderby - assumed 'custom_posts_search_orderby' (this will throw an Error in a future version of PHP) in /home/noca/enjhu.com/public_html/wp/wp-content/themes/enjhu/functions.php on line 610
「水色」のはなし | enjhu.

「水色」のはなし

ビーカーの中に見る純粋なH2Oには色がない。
しかし自然界に存在する水は千変万化だ。雨になり、地下へもぐり、川になり海になる。そのたびに水が持つ色もまた千変万化する。当然水色という色名も、生きた水から名付けられたものとばかり思っていたが、残念ながら違っていた。正しくは青い顔料(絵具)を水で薄めた色の意だという。

なんだか小さな夢が一つ壊れたような気がした。

私の中の幼い「水色」の記憶は、男の子とママゴトをしながら、水色の折り紙で作った器へ赤まんまの飯を入れ「これはお父さんのよ。水色だから」といって遊んだ日の水色だ。

外国でも淡い青(ベビーブルー)は“pale greenish sky”や“pale sky”と呼ばれ男の子の色とされているそうだ。遠く文化の異なる東西で、ナゼ水色が男の子の色なのか分からないが「水色」は子供達の人気カラーだ。海だよ!川だよ!プールだよ!と画用紙いっぱいに水色の世界をクレパスでグイグイ広げていく。実に楽しそうだ。

何年も前、私のアトリエの子供達が“500色の色エンピツ”なるものの存在を知り「みんなで買おう!」と言い出したことがある。しかし子供達にも1万円の色エンピツ代がなかった。子供達は相談して“子供バザー”を計画、自分たちでオモチャやカードやゲームを作り、日曜日に1日中働いて資金を作り本当に色エンピツを注文した。

やがて届いた大きな段ボールを開けると、そこには500色の色エンピツのほかに、たくさんのスケッチブックと文具、販売会社からの手紙が入っていた。子供達が“500色”のために創意工夫し労勤して「ボク達の500色を注文」してくれたことへのお礼と創作への激励だった。「やったぁ!」子供達は歓声を上げると、早速取り出して床にズラリと並べた。すると一人の子がこういった。「この色エンピツ1本1本変な名前がついてるョ」その声でほかの子も手にとると軸に書かれた小さな文字を読み始めた。

「この水色、“ シャム猫の澄んだ瞳 ” だって!!」「こっちは “ 空を映す湖 ”」「この紺色は“ 夏休みの朝顔 ”…これって色の名前なの?朝顔色ってヘンじゃない?!」それからは500色の色相より、色名の話題でワイワイガヤガヤ大議論になった。

確かに色名というものもほかの単語と同様、社会の中である程度の共通認識を得られなければ意味がない。「夏休みの朝顔色」ではこの要件は満たされない。朝顔には青の他に赤や紫、白もあれば茶色もある。そのうえ“夏休み”が付くといよいよ色の特定は困難になる。

そこで色エンピツを色相に沿って並べ替え「色」と「呼び名」の関係を考えることにした。とりあえず青の一群を見てみる。子供達全員が「青」と認識した1本を中心に置き、次に右へと間隔をとって緑と紫の色エンピツを置く。中心の青から両側の色へと向かって、グラデーションをつけながら“青と思える色”を並べていくと

「う~ん…これはもう青じゃなく緑だね」「ここからは絶対紫色だよ」

という境界が見えてくる。緑を紫の境界に挟まれた「青」の数を数えると48本あった。
「それじゃぁこの青の群れの1本1本に、誰でもすぐにその色が思い浮かぶ名前を付けてみよう」と提案すると、子供達はかなり長い間あれこれ話合っていたが、結論は…「無理!」

色感は1人1人微妙に異なるということ、従って色名は通り名にすぎず、色の世界は思っているよりずっと深遠なのだと気付いたようだった。

「水色」という名の通り名が示す色も見る人によって感じる色合いには差があり、心に浮かぶ思いも当然違う。色の感性はその人をとりまく自然や文化、生活環境で養われるからだ。たとえば水色の別名「瓶覗き」という色名は藍染の瓶を短時間覗いた程度の浅い青色、つまり藍で染めた極淡い青を表す語だ。一般的な色名というよりは、染色の世界での通り名、いわば職能から生まれた色名のひとつだ。青という奥深い色の世界にどっぷり浸かり、素人では見落としてしまう青の息づかいを静に伝えてくれる。しかし富や発展を超高速で求める人間達は、「時を練り上げて創りだす技術」など簡単に切り捨てる。捨てられた技術の中で生まれてきた色名もまた姿を消す。

夕空が水色から紫苑に変わり、やがて紺青へと色を移していく時間を心の中に受け取れなくなったのはいつからだろう。植物や鉱物、光に水。色を作り出す自然すべてに感謝しながら暮らしてきた人間が、今、自分達の命の源から駆け足で離れている。一体どこへ行こうとしているのだろうか?走っている先の世界にどんな色を見ているのだろう…

参考文献
「色の名前」近江源太郎監修 ネイチャー・プロ編集室(角川書店)
「日本の伝統色」コロナ・ブックス(平凡社)

ライター:林 夫左
学校では油絵・建築・インテリアデザインを学ぶ。20代からアート活動と同時に、ライターとして出版や広告の仕事も兼業。30代からは自宅で小さなアトリエをスタート。子供達と造形遊びに熱中!現在は母親となったかつての生徒達とママさん絵本教室が進行中。